フィボナッチ・フリーク

数学の小ネタ集。

Fibonacci Freak

格子立方体の一辺の長さとWittの消去定理

格子点(座標が整数の点)を結んでできる図形は面白い問題の源泉です.今回は格子点を結んでできる立方体について考えてみましょう.まずn次元の格子立方体を厳密に定義します.

定義.n次元空間の格子点を頂点とするn次元立方体を格子立方体という.ただし立方体とは,単位区間n個の直積の直交変換による像である.

この定義はたとえば2次元なら正方形,3次元なら通常の立方体と一致します. さて,ここで次のような問題を考えます.

問題.n次元の格子立方体の一辺の長さとしてあり得る実数の集合をL(n)で表す.L(n)はどのような集合になるか?

まずは2次元の場合を考えてみましょう.三平方の定理より一辺の長さは0以上の整数a,bを用いて\sqrt{a^2+b^2}と表すことができます.逆にこのように表せる実数Dに対して一辺がDの格子正方形が存在することも自明です.よって

L(2)=\{\sqrt{a^2+b^2}\mid a,b\in \mathbb{Z}_{\geq 0}\}\setminus \{0\}

であることがわかりました.

3次元の場合は少し難しいですが,体積を考えるとうまくいきます.先ほどと同じように,三平方の定理から辺の長さDは正整数の平方根であることがわかります.一方,格子立方体の体積は辺のベクトルを並べた行列の行列式に等しく,辺のベクトルは成分が全て整数なので,体積も当然整数になります.よってD^3は整数であり,Dが正整数であることがわかりました.逆に任意の整数Dに対して一辺の長さがDの立方体が存在することは自明なので,結局

L(3)=\mathbb{Z}_{\gt 0}

であることがわかりました. 全く同じ議論から

L(2k+1)=\mathbb{Z}_{\gt 0}

もわかります.

4次元の場合はさらに面白いことが起こります.そう,4次元にはあの定理があるのです!

Lagrangeの四平方和定理.任意の正整数Dは4つの非負整数a,b,c,dによってD=a^2+b^2+c^2+d^2と表せる.

4次元立方体の一辺の長さは先ほどと同様に整数の平方根になりますが,逆に任意の正整数Dに対して一辺の長さが\sqrt{D}の立方体を構成することができます.実際,上の定理を使ってD=a^2+b^2+c^2+d^2と表すと,

v_1=\begin{pmatrix}a\\b\\c\\d \end{pmatrix}, v_2=\begin{pmatrix}b\\-a\\d\\-c \end{pmatrix}, v_3=\begin{pmatrix}c\\-d\\-a\\b \end{pmatrix}, v_4=\begin{pmatrix}d\\c\\-b\\-a \end{pmatrix}

で張られる格子立方体の一辺の長さは\sqrt{D}になります.よって

L(4)=\{\sqrt{D}\mid D\in \mathbb{Z}_{\gt 0}\}

がわかりました.上で構成した立方体の直積を考えれば,より一般に

L(4k)=\{\sqrt{D}\mid D\in \mathbb{Z}_{\gt 0}\}

であることもわかります.

 

これで残ったのはn=4k+2の場合のみとなりました.n=2の場合の正方形の直積を考えれば

L(4k+2)\supset \{\sqrt{a^2+b^2}\mid a,b\in \mathbb{Z}_{\geq 0}\}\setminus \{0\}

となります.

実はこの包含は等号になります!

証明には対称双線型形式に関するWittの消去定理を使います.

Wittの消去定理.標数0の体上の有限次元ベクトル空間V_1,V_2,V'_1,V'_2に,それぞれ対称双線型形式B_1, B_2, B'_1, B'_2が与えられているとする.V_1\oplus V_2には対称双線型形式B_1\oplus B_2が誘導され,V'_1\oplus V'_2にはB'_1\oplus B'_2が誘導される.このとき,V_1\oplus V_2\cong V'_1\oplus V'_2かつV_1\cong V'_1ならばV_2\cong V'_2である.ただし\congは等長同型,すなわち対称双線型形式を保つ線形同型が存在することを表す.

これを使うために,格子立方体を対称双線型形式の言葉に言い換えます.

定義.有理点を頂点とする立方体を有理立方体という.

実は一辺の長さがDの有理立方体を与えることは(\mathbb{Q}^n,DB)から(\mathbb{Q}^n,B)への等長同型を与えることと対応します.ここでB\mathbb{Q}^nの標準内積です.この対応はv_1,\dots,v_nで張られる有理立方体に対し,標準基底をv_1,\dots,v_nに送る線型写像を対応させることで得られます.

さて,DL(4k+2)の元とすると,格子立方体は有理立方体なので,先ほどの対応から(\mathbb{Q}^{4k+2},DB)\cong (\mathbb{Q}^{4k+2}, B)となります.一方でD\in L(4k)でもあるので,(\mathbb{Q}^{4k},DB)\cong (\mathbb{Q}^{4k}, B)となります.よってWittの消去定理より(\mathbb{Q}^2,DB)\cong (\mathbb{Q}^2, B)がわかり,これはDが有理正方形の一辺の長さであることを意味しています!

よって正整数p,q,r,sを用いてD=\sqrt{\dfrac{p^2}{q^2}+\dfrac{r^2}{s^2}}と表すことができます.両辺を二乗し分母を払うと

(qs)^2D^2=p^2+r^2

となります.ここで次の定理を使います.

Eulerの定理.正整数nが二つの平方数の和として表せるための必要十分条件は,4で割ったあまりが3である素因数の指数が全て偶数であることである.

とくにこの条件はnを平方数で割っても(もちろん割った後が整数なら)変わらないことに注意します.いまD^2三平方の定理から正整数であることがわかっているので,前の式とEulerの定理よりD^2も平方数の和として表せます.よってD\in\{\sqrt{a^2+b^2}\mid a,b\in \mathbb{Z}_{\geq 0}\}\setminus \{0\} がわかりました.

 

n=4k+2の場合に関する以上の解法は楕円曲線に関する業績で知られるN.Elkiesによるもの(MathOverflowの回答)です.こんな素朴な問題に深い整数論的現象が潜んでいるなんて,とても面白いと思いませんか!